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プロフィール
ザルツ中尉
ザルツ中尉
 黒狼中隊のザルツ中尉と申します。

 拙いながらもWWIIドイツ軍を中心にヒストリカルゲーム、リエナクトメントに興じております。

 此のBlogを通じて黒狼中隊の情報発信をして行けたら幸いです。

2011年10月19日

酒場リエナクトメント「カサブランカの将校倶楽部1941」

 2011年10月15日に日本ヒストリカルリエナクトメント協会による酒場リエナクトメント「カサブランカの将校倶楽部1941」が開催されました。



 1941年10月22日のヴィシー・フランス領カサブランカの将校倶楽部を再現しようと云う企画でした。

 手前が私ですが、コスプレでは無いリエナクトメント(歴史再現)なので、記章類も時代設定に合わせてあります。



 階級は私が一番下でしたので、末席でお偉方の話を余所に、当時の雰囲気を味わっておりました(笑)。



 クラシックが流れる中、モロッコ料理とモロッコのお酒を楽しみました。

 酒場と云う空間を利用して行うリエナクトメント、今後も開催して行くので興味が湧かれた方はメッセージ等でコンタクト頂ければ幸いです(微笑)。   

2011年06月14日

実物ラジオの展示、当時のラジオコンテンツを聴く。

 6月26日(日)の『兵(ツワモノ)たちの午後~WWII軍装Party 第10回』では、主催である日本ヒストリカルリエナクトメント協会さんから、下記の企画アトラクションが催されます。
 以下、転載します。

 今回のPartyは、実物ラジオ受信機のキャビネットを使って、当時のラジオプログラムを流す空間演出を行います。

タイトル:「二十一時五十七分にはベオグラード放送にダイヤルを」

 ドイツ国民ラジオ(Volksempfänger)から流れる当時のラジオプログラムを聴きましょう。
※ベオグラード放送のリリー・マルレーン他。

 使用ラジオ受信機:Volksempfänger DKE38型(1938年製)
 参考
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E6%B0%91%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%82%AA  

2011年02月14日

『第6回HGG「BASTOGNE」』

 2月12日~13日に掛けて、御殿場にて開催された『第6回HGG(Historical Game in Gotenba)「BASTOGNE」』に、ドイツ陸軍第26国民擲弾兵師団第77擲弾兵連隊第1大隊第2中隊第1小隊所属、ザルツ二等兵として一人で参加して来ました。

 1944年冬に行われたバルジの戦い(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84)の最中である12月24日。
 ベルギーの街バストーニュ近郊にあるフォイの街をを陥落させたドイツ軍はバストーニュを目指して南下。
 バストーニュを望むボア・ジャックの森で包囲網の脱出口を探るべく北上してきた米軍101空挺師団と互いの手を探り合う…そんなシチュエーションの下で行われるリエナクトメントの要素を多分に含んだヒストリカルゲーム(エアガンを使いましたが其れと一緒にパンパン銃も使い雰囲気を重視していました)。

 豪雪が予報されていましたが事前にチェーンやスタッドレスタイヤの準備を指示されていましたので、豪雪上等な気分で挑みました。
 会場に到着する迄は道路状況に順調で、会場内も搭載していたチェーンをスプリンターズ大尉殿の好意で装着して頂き、無事に到着出来ました。

 一日目は野営の設営後に教練並び野戦電話と迫撃砲のレクチャー(ドイツ語を片仮名読みしたペーパーを用意して頂きました)を受け、誰でも当時の雰囲気を楽しめる配慮がされていました。
 
 野営もなるべく現代物(通称“オーパーツ”)を排し、当時風のリビングヒストリーを呑み語らいながら楽しみました。
 寒くはありましたがストーブや防寒装備、好意で頂いたアイントプフ、ホットワインetcのお陰で快適に過ごせました。

 中隊の面々で気合い入れた食事を愉しむのも良いのですが、一人で参加する時はフランスパンとチーズ、サラミ、コーヒーと云った案配で当時の兵らしく質素な物にしようと心掛けています。





 二日目は起床、朝食等の準備の後に開会式を経て小隊編成式を行い、状況開始。
 私は迫撃砲の装填手を務め、ホッシュ分隊長の指揮下、迫撃砲陣地の構築を行いツェルナー殿、ベルク殿と共に迫撃砲を米軍に叩き込みました。

 戦果を上げ、エスビットクッカーでコーヒーを沸かして小休止している中、迫撃砲弾の補給が来ない報せを受け、前哨陣地へ移動する途中に半途分隊長が敵迫撃砲により負傷。
 ツェルナー殿と共にハント分隊長に肩を貸し小隊本部へ後送、ツェルナー殿と二人で前哨陣地へ再び向かおうとした其の刹那、我々の付近に敵迫撃砲弾が着弾。
 左足を負傷(負傷したロールプレイね(笑))しましたがケーニッヒ小隊長殿が肩を貸して下さり小隊本部へ後送。
 幸いにして軽傷だったので休息の後、前哨陣地へ向かいました。



 前哨陣地でヴァルター殿と警戒している中、ケーニッヒ小隊長が分隊を率いて強行偵察を…暫くすると交戦音が。
 緊張が走ります。



 強行偵察に出た分隊は帰って来ない…ハント分隊長に状況を報告、敵発見時の発砲許可を受けました。
 静寂が森を包む中、前哨陣地の前に米兵が一人、又一人と現れる…ヴァルター殿に敵を引き付けてから射撃を開始する事を伝え、満を持して射撃開始。
 米兵がバタバタと倒れ、随所で「メディーック!!」と悲鳴が。
 前哨陣地左翼に布陣したクライネ殿とアルバート殿が配されたMG(機関銃)陣地からも猛射が。
 後方からハント分隊長のヴァイターシーセン!!(もっと撃て)の声が。
 私もヤンキーゴーホーム!!と叫びます。

 ヒャッハー!! 楽しいー!!

 米軍が後退して行く…勝利の感動が身を包むものの、隣に眼をやるとヴァルター殿が腕に負傷(「おい、ヴァルター。左腕から血が出て居るぞ」とjかってに負傷させてロールプレイして遊んでいました(笑))。
 運良く動脈には被弾していないので彼も間も無く戦線に復帰出来るでしょう。

 フラー!!(万歳)

 此の先に待ち受ける地獄への予感は勝利の歓声に掻き消されていきました…と、云った処で状況終了。

 小休止していたらサプライズイベントが。
 BB弾を使わずパンパン銃の音のみで米軍の突撃、乱戦プレイが始まり皆、ノリノリ。
 私も倒れまくりました(笑)。

 そして本当の状況終了。
 ドイツ軍、米軍双方の陣地構築を見学した後に撤収。
 閉会式を経て解散となりました。

 本当に楽しいイベントに参加出来たのは良い経験でした。
 自身に生かして趣味を皆で楽しめたら幸いです。

 参加、運営された方々、本当にお疲れ様でした。
  

2010年12月13日

シュタプスツェルト試し建て。

 千葉のエリア51で開催されたWWIIサバイバルゲームイベント、バルジ大作戦に参加してきました。

 当直明けながら、お仲間を乗せて一路、成田の先へ。
 初めて来たエリア51…と、遠い…。

 今回、私はゲームには参加せずに、カウフマン大尉殿にお願いしていて先日届いたスタッブスツェルトの設営を試みました。

 設営に助勢頂いたカウフマン大尉殿、フランツ殿、設営を許可して頂いたmc.miyamoto殿には感謝を。

 30分で設営は完了、コツと云うか感じは掴めたので、更に短い時間で設営は出来、ロープをもっとしっかり張れば締まりのある威容になるかと思います。

 建ててみたら本当に家の形をしていて、窓も3面に付いており、中も快適な空間が確保されています。

 中隊本部として今後のイベントで使って行きたいと思います。



  

2010年10月27日

酒場リエナクトメントParty『パリの将校倶楽部』

 週末は銀座にあるBAR ANGLAIS バーアングレ(http://r.gnavi.co.jp/e025400/)にて、 酒場リエナクトメントParty『パリの将校倶楽部』と銘打たれた軍装Partyに参加して来ました。

 WWII期のパリの将校倶楽部を想定して会場も当時、実際にパリにあった「BAR ANGLAIS」を模した「BAR ANGLAIS」で開催。
 ゲップが出る様な愛国的演出がチラホラとあるのもcoolでした。

 酒類、音楽、食事も当時に嗜まれていたもので統一。

 充実した時間を過ごす事が出来ました。  

2010年03月04日

HGG、行って来ました。

週末、御殿場で開催されたHGGに参加して来ました。

当直明けで帰宅の後、荷造りの後に出発。

1400時頃に到着しましたが状況開始直前だったので、野営の支度に入りました。
天候は生憎の雨天。
日中は小降りでした。

野営の設営が終わったらテントで寝ておりました(笑)。
夜はパンとチーズ、サラミを紅茶で流し込み、本部テントにワインを持ってお邪魔しましたが、当直明けの疲れを引き摺りたく無いので、早々に休みました。

夜間に雨は本降りになりましたが、テント周囲に溝を掘り、枯葉で風の吹き込みを防いだので、まずまずの快適度。

灯油ランタンとエスビットクッカーのお陰で暖も取れました。

翌朝、天候は変わらず。
朝の方が寒い(笑)。

野戦指揮所にて皆で歓談しつつ、状況開始か否か本部の判断を待ちます。

昼前迄に天候が回復しなかったら中止との事でしたが、幸いにも天候は回復。

昼から状況開始と相成りました。

私はザルツ二等兵として第二分隊迫撃砲手、総統護衛大隊の一員に配属、1944年のバルジの戦いに身を投じました。

前半は攻勢を掛けてきた米軍部隊に迫撃砲を浴びせた後に小銃戦闘を。

後半は前進し迫撃砲を浴びせた後に小銃にて突撃。
地雷源にてハント分隊長が負傷するものの、ジーク分隊長代理の指揮下、臆せず前進(自分の手前にも地雷のワイヤーが見えたのには焦った(笑))。
鉄条網付近にて小銃戦闘。

暫く後に米軍部隊より白旗が…味方の勇戦も素晴らしきながら、敵の戦いも見事。
知ってか知らずか、後送される捕虜に対し敬礼をする私を咎める者はいなかった。

しかし、此は此から始まる地獄の始まりに過ぎなかった…。

と、云った案配で状況終了。
記念撮影をして撤収、帰路に就きました。
津波の影響で各地の交通網は寸断されていた様ですが、私は其れ等に捕捉されず、渋滞にも掛からずに帰還出来ました。

HGGは経験豊かな方々が小道具等を駆使し、雰囲気を盛り上げていた、素晴らしきイベントでした。

私も見習いたい処ばかり。
羨ましい限りです。

来るHistorical Fest 2010、至らぬ事は多々あれども、先ずは一歩。
回を繰り返し、より良きイベントにしたいと思います。